第76弾「カヤネズミが出てくるおはなしの紹介 その1(日本)」


『むかしむかしおばあちゃんは』(神沢利子著・山内ふじ江画・福音館書店・1985)
第2章「おばあちゃんが カヤネズミだったはなし」から

 とある山の中に住む、およそ88歳から100歳ぐらいのおばあさん。そこへ、ひ孫6人が今年の夏もやってきた。そして今日も昼下がり、ひいばあちゃんのお話が始まります。
 「思い出すよ、ずーっとむかしのことを。まるでバラの花びらのように、かおりだけのこしているむかしのことをね……。―中略―むかしむかしもそうだった。いつも川の流れがきこえていた。―中略―あたしは小さなカヤネズミで、足のゆびをこうひろげて」と、カヤネズミの独白という形でこの物語は始まってい
きます。
 このカヤネズミが少し成長したある日、川辺で高くすきとおった声で「トホホホーイ」「お日 さま 金いろ 川の波も 金いろ おいらの こころも トホホホーイ 金いろだ」とうたう「カイ」という名前を持った一匹のネズミと出会います。
 「金いろネズミさん、あんた、どこから来たの。あんたのこころが金いろなのはなぜ?」と 小さなカヤネズミは問い、カイは「ハコベみたいに小さい子」と小さいカヤネズミに語りかけます。まるで古くからある問答歌のように。
 そんなカイは小さい子が近づくといつも「チッ」と鳴いてはカヤ原に姿を消したり、「草の葉っぱにもりあげたイチゴの山と、ハコベの花を」置いて「チィチィ」笑いながら行ってしまったりするのです。
 そんなある日、ヒキガエルからカイが死んだと聞かされた小さい子は、川に飛び込み、シジュウカラが教えてくれた川向こうの川原へ行きます。カイを必死で探す無防備な小さい子に空からのタカの危険が迫ったその時、「キーッ」という鳴き声がして…。
 カヤ原を舞台に描かれたこの作品は、いわゆる絵本でよくみられる単なる動物の擬人化 (衣服を着せ、言葉を話す)でなく、カヤネズミの目線で、カヤネズミの生態、生息環境を見事に捉え、なおかつ詩的で叙情性あふれる筆致で描かれています。神沢利子と言えば、人の根源、本質を、見事に捉えた代表作『くまの子ウーフ』で、だれもが知る優れた児童文学作家ですが、ウーフに代表されるような幼年文学(一般的に「5、6歳から小学校1、2年生くらいまでを対象とした物語」)というより、それよりは少し上の小学中学年から大人までの作品と言えるのではないでしょうか。数多くの神沢作品の中から、この『むかしむかしおばあちゃんは』を知り得たことは非常に幸運だと思っていますが、この作品を知ったきっかけを少しお話をしたいと思います。
 数年前、あるイギリスの児童文学にカヤネズミが出てくる場面があり、その描写にかなりの違和感、そしてファンタジーといえども生態的に不自然ですっかり楽しめず、悶々としていました。その後続けてやはりイギリス作品で、今度は素敵な「カヤネズミ」あるいは「カヤネズミ表現」と出会いました。その事をきっかけに、「カヤネズミ」の出てくる本を調べてみようと思い立ち、国立国会図書館サイトで「カヤネズミ」という項目で検索してみました。その結果、邦訳だけでなく絵本を含め数々の日本の作品を知る事ができました。
 いくつか読み通した中でこの『むかしむかしおばあちゃんは』は、数多くある「ネズミ」を主人公とした物語とは一線を画す素晴らしいものでした。そして、畠さんとお会いした時に、いくつかのカヤネズミの出てくる本・絵本を読んでもらいました。
 そこで、この『むかしむかしおばあちゃんは』は、カヤネズミを正確に捉えた表現である事と、鳴き声の表現にある謎が含まれている事に気が付いたのです。  
 畠さんは、カヤネズミの鳴き声が、「チッ」と著作で表記したのは、私が初めてだと思うと言われたのです。この『むかしむかしおばあちゃんは』が出版された1985年には、畠さんの著作『カヤネズミの本―カヤネズミ博士のフィールドワーク報告』(世界思想社・2014)はまだ出ていない訳です。畠さんはカヤネズミの鳴き声について、「一般に、身の危険を感じたときや、相手に自分の存在を知らせたいときなど」に鳴くが、「その多くは超音波(16~20キロヘルツ以上)」で「人の耳で聞き取れる鳴き声は限られる」と『カヤネズミの本―カヤネズミ博士のフィールドワーク報告』の「カヤネズミの鳴き声」の章(39~41ページ)で書かれています。そして、大人のカヤネズミは「チッ」、大人のカヤネズミが鳴き交わす声は「チッ、チチッ」「チッ」、子どものカヤネズミは「チッチッ」「キッ」「ピイッ!ピイッ!」と鳴くと書かれています。では、神沢さんは1985年以前にどうやってカヤネズミの生態と鳴き声をこのように表現できたのでしょうか。
 そこで、畠さんの著作(2014年)以前の、一般的出版物での、鳴き声の記述はどうなって いるのか調べてみました。まずは、畠さんが大先輩と仰ぎ親交もあった北九州筑後川をフィールドワークとした九州大学名誉教授の白石哲氏の『カヤ原の空中建築家 カヤネズミの四季(文研科学読み物)』(白井哲著・白石久美子画・文研出版・1988)を調べてみました。すると大人のカヤネズミは「カヤのしげみの中で「チチッ、チチィ」という、小さな鋭い鳴き声」、「「チイッ、チイッ」という鳴き声」と書かれていました。(13ページ)又、同書に鳴き声を「エコロケーション(反響定位)」として、カヤネズミの赤んぼうの超音波の研究をされた日高敏隆、竹内久美子さんによる【カヤネズミの子(生後4日齢)が出す超音波〔竹内・日高(1983)を改変〕の表によると、「ニワトリのヒヨコが鳴くような、「ヒーヨ、ヒーヨ」「ピュッ、ヒーヨ」「ピョ」というような声に聞こえる」、そしてそれは「カヤネズミの赤んぼうが危険が迫ってきた時に、お乳をねだったりするときの信号に、超音波を使うのでしょう」(45ページ)と述べられています。
 次に、『ススキの原の小さな住人 カヤネズミの話』(宮原義夫著・上毛新聞社出版局・ 2003)では、10章の「成長について(1)誕生直後」の1~2日目の項で、「成長段階を調べるために巣から取り出すと、声は小さいが甲高い声でキイ
キイと鳴きます。母親に助けを求める鳴き声かもしれません。」(92~93ページ)。同章7~8日目の項では、下顎の切歯の生え具合を調べようと、「その小さな口をあけて確かめたものです。痛そうにキイキイと鳴くのですが当時は夢中でした。今になって思えばとても可哀想なことをしたと思っています。」と記されていました。
 2冊とも、神沢作品1985年より後になって出版されています。では、どのようにして神沢 さんは、カヤネズミの生態を如実に表現できたのでしょうか。又、畠さんが言われるようにどうして「鳴き声」を正確に表現できたのか。神沢さんは、野生のカヤネズミを見た事があるのか、またいつどのような資料から導き出したのだろうか。
 神沢さんは、1924年に福岡県で生まれ、その後5歳から13歳(1929~1937)までを、樺太(サハリン)で過ごしています。神沢作品には、この樺太での生活が原点となり、動植物に深く寄り添った多くの作品が生まれています。しかし、樺太にはカヤネズミの生息は現在も確認されていないと思うのです。ですので、神沢さんが野のカヤネズミと出会っている可能性はかなり少ないのではないでしょうか。そして『むかしむかしおばあちゃんは』は、1980年から月刊誌「母の友」(福音館書店)に『おばあちゃんはむかし?』というタイトルで、不定期連載されていたものが、1985年に『むかしむかしおばあちゃんは』として発刊されています。この事から1985年以前から執筆されていた事になり、それにより創作の発想、それにともなう資料収集は1980年前後あたりからと想像される訳です。*
 この謎のヒントになると思われる文章が、神沢さんの創作の軌跡を語るエッセイ『同じうた をうたい続けて』(神沢利子著・晶文社・2006)の中にありました。

 ―「幼年時代がおぼろなら生まれる前は、更に不明だ。しかし遥かなところからつながる命が、わたしに古い記憶を蘇らす。」「わたしは昔、林の中の一頭のシカだった。あるいは草むらでコリコリ木の実をかじるネズミだったと思えて仕方ないことがある。もちろん証明できるものは何もないけれど……。そんな思いをひいばあちゃんが語る『むかしむかしおばあちゃんは』はおばあちゃんが昔、カヤネズミだった話、フクロウだった話など七つの物語だ。」―「同じうたをうたい続けて」(186ページ)

―「動物をかくためには、たとえ洋服をきて、同じように話をする動物であっても、できる限り 生きている動物そのものに近づきたいと思い、わたしは動物の本を読み漁った。」―「同じうたをうたい続けて」(199ページ)(下線市川)

―「ある時、自分が地上二十センチくらいのところを歩いている気がしてならなかった。どう しても足に地がつかない。」―「わたしもまた人もどきかも?」(98ページ)

―「これはわたしの習性なのであろう。三十億年昔は同じひとつのいのちであったのなら、 わたしの内にくじらもいれば毛虫も小鳥も、さまざまの動物が棲んでいてふしぎはない。」―「わたしもまた人もどきかも?」(99ページ)

 神沢さんが「読み漁った」とされる資料を探索するとすれば、神沢さんが長年暮らされた東京の三鷹市立図書館に直筆の原稿や創作メモ、スケッチ、書簡、画家から贈られた挿絵原画などの資料が寄贈されているとの事と、「神沢利子研究
会・三鷹」の方たちが神沢宅を「アトリエ・ウーフ」として毎月3日間公開しているとの事なので、それらの書棚に行けば「カヤネズミ」の資料が見つかるかも知れません。物語の中のカイという命名にアイヌ語の要素があるのではと想像して少しだけ調べてみましたら「【kay】=折れる。背負う、負う、おぶる。【kay-kay】=波、さざなみ」と『萱野茂のアイヌ語辞典』(萱野茂著・三省堂・2002)にありました。物語の冒頭に川に魅せられた小さい子の描写がありますので、そのあたりも神沢さんの書斎をのぞければわかるかもと思いました。
  『むかしむかしおばあちゃんは』と「むかしむかしおばあちゃんは」が収録されている『神沢利子コレクション・普及版 Ⅴ 空色のたまごは』は、共に現在絶版ですが、どこの図書館にもあるかと思いますのでぜひ手に取ってみてくださればと思っています。
 本の紹介から、すっかり長くなってしまいました。最後に「おばあちゃんが カヤネズミだったはなし」の中から私の好きな箇所を紹介させてください。物語の後半、小さな子は負傷したカイの傷の手当にユキノシタを使い、ヨモギの葉を口に含ませるのですが、その草ぐさは、なんとその少し前の場面で、血のにおいをたよりにカイを必死で探す小さな子に「「しっかりするんだよ。しっかりおしよ。」と、手にさわり、からだにふれるあたしをはげました。」と神沢さんは伏線を張って書かれています。関係ないかもしれないですが、私も観察路づくりなどで草刈りしている時に、草ぐさから応援されているように感じた時があり、思わずうるっとしたものです。
 次回は、イギリスのお話の紹介をさせていただければと思います。

*参考:神沢利子研究会・三鷹「神沢利子年譜」

市川 澄子(いちかわ・すみこ/京都府在住)


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